
Roさんとは、左足に抽象的な図像を彫っている。
元々、数年前に彫ったというリボンのタトゥーがあった場所に、上から彫りなおすように彫っている。元々彫られていたリボンのタトゥーは色とびも多いものだった。彫った時はいい気がしたけど、しばらく経ってから気に入らなくなったということで、違うものに彫りなおしたいということで来てくれた。
はじめに来てくれたのは、1年半前だったと思う。今度は気に入らなくならないものを彫りたい、ということで来てくれたが、これなら大丈夫そうだ、というイメージがあるわけではなく、彫る前の話し合いをたくさんした。
はじめに来てくれた時から、10ヶ月ほど、4回ぐらいは話し合いをしただろうか。これなら絶対大丈夫、という感覚は結局やってこなかったけど、これならある程度良さそうだ、という感覚を彫る前のイメージに対して感じられたところで、彫りはじめた。
いれずみを彫ろうとすると、だいたいそういうことになると思う。彫る前に、絶対一生涯気に入るものになると確信していても、つくったものを前にしてどう感じるか、どう受け取るかは、つくってみなければわからないし、それは、そのような、つくったものと会う、会いなおすということは、生きている限りずっと続いていくことなんじゃないかと思う。
そのことを問題と受け取るか、または身の投じ甲斐を感じとるのか、また別の何かなのか、いずれにせよ、このことはずっと開かれている。
そのことを問題として捉えた時、彫る前に安心を確保できるものとして平面で絵を描いたりすることを「タトゥーのデザイン」と呼ぶことがあるけど、それは問題を完全に解決できるものじゃないことをはじめに話し合っておきたいと思う。その後で、それでもつくりたいものをつくって、それを続けていきたいと思う。
この日、Roさんは、胸のところにある文字のタトゥーを、上から彫りなおすための図像として、不規則に並んだ複数の円を彫りたいと言っていた。
Roさんは、胸のところに文字のタトゥーが入っている。鎖骨、首元の真ん中、体の真ん中に入っているように見えるように場所を決めて、彫ったようなのだが、体に真ん中を見出すことは難しいので、じっくりみるとずれているように見えてきてしまう。そのことが気になってしまい、上から彫りなおしたいと言っていた。
不規則に並んだ複数の円を彫りたいとなった経緯は、そうすれば、真ん中からずれてるように感じなくなりそうだからということだった。