Rsさんははじめに話をしに来てくれたとき、タトゥーとかいれずみって、具体的な動物とかを彫るものだと思っていたけど、アートみたいなものを彫るのっていいなと思って来ました、ということを言ってくれた。
数年前に、TikTokやYouTubeで動画を撮影、配信しているBさんという人が来てくれて、いれずみを彫った。

Bさんの動画を見て、私のことを知ってくれたようだった。
けど、具体的に、どのように彫ったら良いのかというイメージができないので、一緒につくってほしいということだった。
「構図とかデザインが全く思いつかないです。ただ、Bさんの構図は女性的で。他の作品も見ましたが黒く太い線よりかは、繊細な感じ、大理石っぽい感じ?そういう大まかな感じがいいんですけど。被ってる感じ、ぼやっと被ってる感じもすごくいいなと思います。これといって、絶対こうして欲しいみたいな要望はないんですけど、できれば蝶?を入れたくて、でもはっきりとした、ザ、イレズミみたいな蝶じゃなくて、なんていうんですかね、透け感のある??蝶をどっかに入れたいです。」
と言っていた。これは話をしているその場でメモをとった、Rsさんのできるだけそのままの言葉。
Rsさんに限らず、多くの人に感じていることなのだけど、「彫りたい絵柄が具体的にイメージできない」と言うことがあるのと同時に、「これはいいなと思う」「これは違うなと感じる」などと言うことがその人の中にある。そのやりとりを可能にするための画像や写真はネットで検索すれば溢れて出てくるので、具体的に画像などでイメージを共有しながら、その人の「これはいい」「これは違う」を収集して行って、断片的なイメージをツギハギしていけば、割とすぐ、その人が納得するイメージを描くことができる。
「ファーストタトゥーが、今年の6月に手首に彫ったんですけど、初めてのタトゥーで舞い上がっていて、構図とか色々考えていたんですけど、素人なので限界がありました。チャット GPTに構図を大まかに作ってもらいました。でもまあ、完全ではないなって感じでした。その時は、その時選んだ彫り師さんの作品を見ていいなと思ったので依頼しに行きました。初めのイメージでは、チャット GPTが作った大まかなイメージから、彫り師さんと一緒に、より良い図案を作っていくことになるのかなと思っていましたが、その彫り師さんは、このままのほうがいいということを言って、その時は、プロがそういうのならそうなのかと思い、そのまま彫りました。でも、今思うと、もうちょっと良くしたかったなと思いますし、彫り師さんを選ぶのももっと広い視野で見ればよかったなと思います。もう少し、彫り師さんと一緒に作りたかったです。」
と言うことも、Rsさんは話していた。断片的なイメージをツギハギしていって、成立されたイメージを新しく一枚にまとめて描くと言うことは、AIでも十分できることなのだと思う。
しかしそれだけで進めると、なにか、面白みがないと思う。つくられる作品への面白みというより、彫師をしていて、楽しくなくなってくる、という感じがある。なので、すぐにツギハギのイメージを成立させて、施術へ進もうとはせずに、その人の「これはいい」「これは違う」「ここは迷う」といった、〈その人のいれずみの話〉がみえてくるようにするべく、話を広げてみる。〈その人のいれずみの話〉が見えてくると、こちらからも、「多分、これは違うけど、これはいいんですよね。けど、これがこうなんですよね。」みたいなことが話せるようになってくる。〈その人のいれずみの話〉は、日本語を使っているのだけど、社会一般的な意味の通じている話ではなく、社会一般的な合理性もない話になる。
例えばRsさんの話は、
「大理石?水面?煙にも見えるような感じは好きです。
細かすぎても嫌なんです。色彩としては好きなんですけど、編み目みたいに見えるのはあんまり好きじゃなくて。等間隔っぽい感じのやつとか好きじゃなくて、なんかほんと、なんなのこれ?みたいなのが好きなんですよ。
例えばこういうベースで、蝶がどーんといるというよりかは、よくみたら蝶だねぐらいでもいいかなと思っていて。みんなが考える蝶の形じゃなくても、自分がわかればいいので。
あくまで私はベース、繊細な線をメインにしたいので、どちらかと言ったら蝶は二番手。ベース、主役を汚さない程度でいて欲しいです。でも、蝶の主張がある程度あっても、ベースを汚しているという感じにはならない構成があるのであれば、全然それでもいいです。違和感、取ってつけたようなのが嫌です。うまく蝶という対象と抽象的な図像が調和するのであれば、それが一番最高ではありますね。」
というものだったりする。
このような話は、次々と画像を参照して、共有して、を繰り返しているだけだと聞くことができない。
Rsさんの場合は、「蝶」というイメージが大切な一方、「大理石?水面?煙?にも見えるような感じ」と言っているものでは、形として目に見えてわかる図像が重要なのではなく、それを見たときに内面に起こる感覚が重要ということだと思った。
「蝶」という具体的なイメージと、図像を見たときの内面の感覚の、どちらも大切にしようとしているところに「Rsさんの話」を感じた。
Rsさんは、抽象的な図像を扱う上で、どのような感覚を自分の内面に起こさせる図像がよいか、ということを感じとる大きさと、「蝶」というイメージ、存在自体への大切さが、何か、吊り合っているような感じがした。拮抗している感じ、その二つの力の入り方が心地よい緊張感を生んでいるような感じ。そんなことを思って、それをRsさんに伝えると、
「どっかでセーブしちゃうじゃないですか。好きなもの、好きなもの。でも大人になるにつれて、ほんとに楽しいことって少なくなるから、たまには馬鹿になるのもいいですよね。好きなものと好きなものを掛け合わせたらもっと好きになるんじゃないかという単純なことなんですけど。」
と話した。
このようなことを彫る前に、彫りながらも、続けて、〈その人のいれずみの話〉の前にいられることが、とても楽しい。彫師としてやっていて楽しい在り方をしたいから、という動機で、多くのことをしているというのは、ある意味とても身勝手だなと思ってはいるのだけど、なぜだか全然いいですよと言ってくれる人が多くて、とても有難い。
〈その人のいれずみの話〉は、変わっていったりもする。2年ぶりにあったり、初めて彫った時から5年経って、過去を振り返ったりすると、変化を感じる。それがまた楽しい。
