いれずみに限らずあらゆることで当てはまることなのではないかというところで、
対象に線を引くこと、またそれを形どるということは、ありありとそこに在るということを感じさせるもので、価値判断の認識といったような曇りを蒸発させる光なんじゃないかと思った。
2026/01/26
この、混合線と関係線によって図像を身体に起こすと、その人に似ているような感じがする線や形になる。それというのは、身体から描き出した線を、身体に描くということは、そこにその身体があるということをありありと感じさせることになるんじゃないかということを思った。実際、いつだって、そこにそれがある、ということを感じることはできるのだけど、やはりつい観念的に見てしまって、価値判断をしてしまったり、その結果余分なものと思えてくるものがあると削ぎ落とそうとしたりする。身体から描き出した線を身体に描くということは、観念になる手前の、そこにあるそれと、子供の時の景色のような感覚にとどまることが少し起こってるんじゃないかと思った。それで、そこから逆転して、線や形が、その人に似ている感じがすると受け取るんじゃないだろうかと思った。(身体との間にあらわしたものを、写真に撮ると平面になるので、実際に見た時のように感じることはできなくなる。)